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大阪家庭裁判所 昭和46年(少ハ)3号 決定

少年 D・I(昭二六・三・二一生)

主文

本件申請を棄却する。

理由

一  本件申請理由の要旨

本件申請の理由は、奈良少年院長作成の「少年D・I(昭和二六年三月二一日生)の収容継続申請について」と題する書面に記載のとおりであるが、その要旨は次のとおりである。

少年は、昭和四五年二月五日大阪家庭裁判所において中等少年院送致の決定を受け、同月七日奈良少年院に収容されたものであるが、昭和四六年三月一日現在累進処遇の段階が一級の下(中位)であつて、これまでの一連の悪質な反則事故の回数、内容およびその性格傾向から考えて、犯罪的傾向がまだ矯正されていないため、同月二一日から六か月間収容を継続する必要がある。

二  当裁判所の判断

少年にかかる少年調査記録中の各書類、本件審判における少年、保護者、奈良少年院法務教官溝端正敏、同篠原逸男の各供述、家庭裁判所調査官作成の昭和四六年三月一八日付意見書を総合して、次のように判断する。

(1)  少年は、昭和四五年二月五日大阪家庭裁判所において同年少第八八号・第四四四号窃盗保護事件につき中等少年院に送致する旨の保護処分決定を受け、同月七日奈良少年院に入院し二級下に編入され、同年六月一日二級上に進級し、同月二日溶接科の職業補導に編入され指導訓練を受けているものであるが、同月一〇日から同年一〇月一二日までの間において六回にわたつて眉毛抜き、落書、在院者に対する暴行・不遜な言動、教官に対する態度不良などの反則行為を繰り返し、それぞれ三日から一〇日の謹慎処分、六点から二〇点の減点処分を受け、この間二回にわたつて二級下に降級され、同月一九日から同月二三日まで昼夜間単独室における特別処遇を受けるにいたつた。少年のこれらの反則行為は、上記窃盗保護事件の共犯者で主導的立場にあつたM・H(昭和四五年一〇月二一日河内少年院に移送された)が奈良少年院に在院していて反抗的な反則行為を繰り返し、その悪影響を強く受けていたこと、少年自身も、不良親和性が強くその場の雰囲気に左右されて付和雷同的に行動し易く、内省力に乏しく社会規範に応じて自律的に自己を抑制する行動統制に欠ける、という性格行動傾向にあつたこと、などに原因があつたと思われる。

しかし、少年は、上記特別処遇が解除され一般寮に復帰した同年一〇月二三日以降においては、矯正教育の効果があがり一回の反則行為もなく、生活態度の面においても情緒の落書きを取り戻し、本人なりに自力更生の意欲も高揚し、同年一一月一日には二級上に復級し、昭和四六年一月一六日には一級下に進級し、職業補導の面においても入院前に経験のあつた電気溶接の技術の修得に努やて好成績をあげ、同年二月一日には努力賞、技能賞を受けるまでにいたり、同年三月一日現在処遇段階は一級の下(中位)であるが、同年四月一日には累進処遇の最高段階である一経上に進級できることとなつている。そして少年は、退院後は電気溶接の技能を活用して電気関係の仕事に就職する決意を固めており、保護者も少年の希望にそつて就職先を探しており、今後の指導監護に万全を期する意向を持ち、家庭における受入体勢にも格別の問題はみあたらない。

(2)  ところで、少年は、上記のように現在累進処遇の段階が一級の下であつて、累進処遇上最高の段階に達していない。このことが本件申請の理由となつている。しかし、累進処遇の段階制は在院者の矯正効果の形式的測定尺度であつて、その段階自体が直ちにその矯正度を科学的適確性をもつて示すものとは断定できないから、収容継続の実体的要件の存否を判断するにあたり、累進処遇上最高の段階に達していないということは、その一資料にはなり得てもこれのみをもつて直ちに収容継続を肯定することはできない。

少年は、前記のように、昭和四五年六月から同年一〇月にかけて六回にわたる反則行為があつたものの、その後現在までの約五か月間にわたり、一回の反則行為もなく顕著な問題行動も全くみられず、前記の性格行動傾向もほぼ是正され、情緒的にも安定していること、電気溶接の技術を一応修得していて溶接工として職業生種を送つていく技能を持つていること、本人なりに自力更生の意欲も高揚していること、他面保護者において少年の就職先を探していること、家庭における受入体勢に格別の問題もみあたらないこと、などを総合すると、一応その犯罪的傾向は矯正されたと判断するのが相当であつて、少年院での矯正教育の目的は既に達し得たと思料される。

なお、少年院側は本件審判において、少年の処遇段階が一級上に達したのち少年に対し約二か月半程の社会復帰のための教育を施す必要がある、と主張されるので検討するに、なるほど社会復帰のための訓練を施すことは本人にとつて望ましいことであると考えられ、少年および保護者において最近まで少年院側の説得もあつて収容継続を容認していたが、現在はこれを撤回し、少年は、非行発生の誘困をなしていた従前の交遊関係を是正することを誓約し、これまでに修得した電気溶接の技能を活用して真面目に就職し、そのかたわら時機をみて資格試験を受けるなど更生の決意を被瀝していること、保護者も少年の意向を受けて就職先を探しており、今後の指導監護に万全を期する覚悟を示し、家庭における受入体勢に格別の問題もないこと、前記矯正成果の情況などをもあわせ考えると、保護処分の万全を期するためなお若干の教育を施す余地が存するとしても、むしろこの際、少年の自覚自省に訴え、自力で更生の途を歩ましめるため家庭復帰の機会を与えることの方がその将来に資するところ大きいものと信ずる。

三  結論

以上の次第で、本件申請は理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木秀夫)

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